落とし込み原風景、鳥浜地続き
黒鯛落とし込みヘチ釣り

 

短竿釣り師の独り言

hitorigoto.gif

その20

【 竿 】

誰かからか聞いた話だけど、マーチンというギターメーカーの話。ココのギターは、めっぽう良い音色が出るらしく、かなり有名らしい。このメーカーの高級なモノを買いあさっているのが、我ら日本人だそうだ。
良い音が出るということで、日本人が懸命になって購入しているらしい。


決してマーチンを買ったところで、ギターの腕が良くなるということ無いのだが我ら日本人というのは、良いと聞くと是が非でも手に入れたくなる国民だ。これは、ゴルフクラブでも同じことが云えるらしい。


この現象は、ご多分にもれず釣りの世界でも一緒だ。。
良い竿だというと、何が何でも欲しくなるという性質を持っている。

良い竿を買ったところで、腕が良くなるということは決してあり得ないのに。だ。

新しくメーカーから竿が出ると、こぞって釣友は購入する。「バカだなぁ〜。そんなに買ったところで腕が上がるわけでもないのに。」と必ず言うことにしている。

何とかという名人が作っている和竿は、何十万円もする。ただ、その竿の良さといったらもう一回味わっただけで他の竿なんて使えなくなるらしい。なんていうのを聞くと、他のこと差し置いてでも買いたくなるのだ。

『あぁ〜一度、そんな竿で黒鯛を釣ってみたい〜〜』
という感じで。

黒鯛なんてそう簡単に釣れないのに、その一瞬の悦びのために、我を忘れて購入してしまう。


イラスト 何を隠そう僕もその一人。

毎回釣り竿を購入したりすると・・・

 「やってしまった・・」

また、メーカーの戦略に乗ってしまったと後悔してしまう。

知らず知らず竿は増えていき、何本も所有する【竿コレクター】と化してしまう。
※【竿コレクター】と命名したのは、妻だ。

でも日本人というのは、もともと道具に凝ってしまうという良い特性を持っていると思う。
テレビで見る海外の家庭のキッチンは、シンプルすぎてどうも馴染めない。日本人のキッチンというものは、混雑していていかにも《台所》という趣を醸し出している。

かの国の人々には、理解できないかもしれないが、一年に一回しか使わない器が多く台所にはある。たった一回しか使わないけれど、その時に無ければならないものだ。
僕ら日本人は、そういった折々の季節や節目といった趣を大切にしている。

だから一年に一回しか使わないかもしれないけれど、無くてはならない大切なもの。そう言うことを疎かにしていたら何も生まれては来ないし、寂しくもある。


《だから竿も段々増えてくるのだ。》と、かみさんに言い訳をいう。


それにしても、年々竿は増えていく一方だ。
幸いにして、手作りの竿をつくり出してから『自画自賛』の繰り返しだから浪費してしまったというのは少なくなった。

この竿は、磯子のアソコだけでしか使えない竿。とか。
この十尺は、悪天候の川崎でしか使えない。とか。
これは万一の時の予備の竿だ。
いや、こういうのがあっていい。などなど。

キリがない。
そうやってどんどん【竿コレクター】になってしまう。

イラスト




結局のところ、僕がよく使う竿は、三本ぐらいしかない。
自分で作った柔らかい竿:2.55m。
雨の時ように:2.7mのカーボン竿。
この頃一番使っている:1.8m強のカーボン竿。
特にこの竿は、5000円弱で購入した廉価版の安竿だ。愛娘がまだ小さかったので、仕方なく購入した、どうでも良い竿だった。
色が悪いので、黒漆で塗り替えた竿。手軽で簡単だし、良くしなる。浅棚しかほとんどやらない僕にとっては、今では都合の良い竿だ。
ハリスを短めにして、探るタナは一ヒロ強。この短い竿だと二ヒロ以上も出せないので、逆に良く、集中しやすい。
腕も何もない癖に、竿だけはこだわるというのが僕ら釣り師の性らしい。


今狙っているのは、この短い竿の和竿だ。

ますますもって竿は増えるばかりだ。

イラスト
hitorigoto.gif

その19

【 恵みを一つ 】

去年僕らの仲間が、新しく渡船業を始めた。

この不景気の中、新しい場所で渡船業を始めるなんてかなりの勇気と家族の大きな理解がいる。その荒波を乗り越えて、新しい船出は大変だと思った。

場所は、鳥浜のハナレ。船長は、竹内氏。東京湾黒鯛研究会所属。
2003年初頭、東京湾黒鯛研究会の総会時に発表して、正直凄いなと感心した。

ただ、場所が場所だけにトラブルは避けられないと思った。
当時、鳥浜ハナレと云えばパラダイスのような場所。
富岡堤防からも鳥浜パイプ堤からもヨダレが出るほど羨ましい近くて遠い場所。
通常全くといって言い程富岡堤防は、条件と時間と運に恵まれなければ黒鯛は釣れる物ではない。また、それなりの読みと研究、そして腕が、必須になってくる。僕にとってはこの母なる堤防での釣果は、まさに至極な事だ。
また鳥浜パイプ堤では、マナーの悪い釣り人が徘徊し、柵が出来たり壊したりというトラブル続き。おまけに廊下は、波が被ったりして満潮の時には、埋没するために非常に危険な場所でもある。毎年一件は、そう言ったことを知らないで気軽に釣りにきた経験浅い釣り人が、帰れずに海上保安庁を呼んだりして問題になっていた。

そんな世界からするとまさしくあの堤防は、パラダイス。
僕は、鳥浜ハナレに渡るためにゴムボートまで購入したほどだ。
  (結局未だに使ってない)

あの場所で、渡船業を始めるなんて・・・・
パラダイスが、降りてくるようなモノ。


ボートを漕いでしか行けない、限られた人のための世界を開放してくれるなんて素晴らしい。と正直に思った。
また
専有している限られた人からすると面白くないというのも頷ける。

僕は長いことこの界隈をホームにしてきたからあの辺りの釣り師のことは少しは解るし、気分的なことも推測が着く。

鳥浜ハナレ

渡船業を竹内さんが始めてから
案の定、というかやっぱりクレームがやってきた。

彼らは、この界隈をホームにしており、特にここ最近はハナレがメインフィールドだった。限られた釣り人のためのパラダイスのようなこの場所を、世間に公開する事へ非常な悲しみと怒りを持って抗議してきた。
彼(もしくは彼ら)の思いは、僕には痛いほどよく解る気がする。
『東京湾にもこういった近くて遠いパラダイスがあっていいではないか』と言うことだ。
地元の釣り師達が、マリーナが出来る以前から木材港より大切に守ってきた場所だ。
僕も、この釣りを始めて覚えた場所だから、『守りたい』という気持ちは非常に強い。


ただ、状況からしてこの場所を守り通せるのも時間の問題だ。 と思った。


遅かれ早かれこの場所は、暴かれる。
それは、どの釣り場だって一緒だ。釣れると聞くと群がるのが宿命。人が集まるところには、マナーは崩れ、ゴミが散らかり、場荒れは酷くなる。また、ビジネスが参入するのも宿命。絶対と言っていいほどの公式だ。


どうせ何れは、場荒れする場所ならば、営利目的だけの輩にわたしてパラダイスが嬲(なぶ)られるよりは、このヘチ釣りが好きでこの釣り場の大切さも理解し、マナーという部分に置いても深い理解のある釣り師ならば素敵なことではないかと、僕は思った。
2003年初頭の総会で、竹内さんが営業を開始すると聞いて、一番に賛同したのはそう言うわけだった。


多少のトラブルはあったモノの、竹内さんの人柄で多くのことは乗り越えてこられたようだ。彼の地道な活動が実を結び始めたのだ。

・黒鯛稚魚放流への募金集め。
・タグを打つ活動。
・釣り場のクリーン活動。などなど



先日、竹内さんからお電話を頂いた。

コレといったトラブルもなく、背中と背中を合わせるように双方を向いていた、地元派と竹内さん。

なんと地元派の若者達が、竹内さんが活動なさっている黒鯛稚魚放流への募金へ賛同して、協力してくれたというのだ。
素晴らしく、感動的な話だった。

心ある優しいヘチ師達に乾杯。釣り場を愛する人々へ乾杯。
地道な竹内さんに乾杯。コレこそが、黒鯛研究会だ。
ああ、美しい話だ。 感謝である。ここにも素敵な、めぐみが一つ。


hitorigoto.gif

その18

ヘチ釣りの難しさ。 【 その3 】

【 上達する方法 】:ヘチ年増

この釣りの難しいところは多い。
しかし錯覚している部分がつくづく多いといつも思う。
イラスト
『黒鯛のアタリは、微妙で難しい。』
という定説は、僕にとっては
「上級者の作った“ウソ”だ」と思っている。
ヘチ釣りでの《黒鯛のアタリは難しくあって欲しい》とヘチ釣りをしている人はそう思っているのだ。そう願っているのだ。それが現状だと思う。


おかしなコトを言っていると思われるかもしれないが、正直に言うと『黒鯛のアタリは、難しくありません。』
何故ならば、初心者や上級者以外の人々には、その《各々のレベルでしかアタリは、分からない》からだ。
『難しい』 『微妙』とか言ってワザと難しくしているとしか思えない。

  実際は、分かりやすいアタリなのだ。

    『難しい』 『微妙』とか言って脅している。


自転車に乗れない人に、難しいと脅しているようなモノだ。自転車に乗れるようになると「何故こんなに簡単なの」と思ってしまうぐらい。
スロットルマシーンで目押しが出来るようになるのも最初から難しいと思うと出来ないけれど、積極的に何回もチャレンジしていると「以外と簡単だ」とわかる。
ようは【如何に沢山経験して積極的にチャレンジするか】が肝心だ。

ヘチ釣りの初級者が、洗脳されている『黒鯛のアタリは、微妙で難しい。』に囚われて、難しい難しいと思いこんでいても、ひょんな事から簡単に釣れてしまうことが大半だ。


〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜


実は、初級者には、初級者しか解らないアタリなのだ。
それ以上のことは解らないのに難しい難しいと自分に言い聞かせても言い訳ぐらいにしか実際は使えないのだ。
足し算や引き算しかできない人にかけ算や円周率、ルートなどのことを言って算数を難しくして不安がらせているのと同じだ。足し算や引き算が出来る人には、出来る人なりのアタリしか解らないし、それ以上のことを解れと言うのが無理なのだ。

だから僕は、現在の足し算や引き算のことしか考えない。解らない割り算や掛け算のコトを、因数分解のことなんて考えてもどうにも成らないからだ。目の前にあるコトをひたすらやるだけだ。


この『難しいという錯覚』が、余計にこの釣りを難しくしている。


難しいという都合のいい理由が、手っ取り早い上達する方法を逆に難しくしているのだ。

Aさんに聞くと、「ガン玉はコレコレで、ハリはコレ。ラインは○○で、落とし方は、こうだ。」と言う。
Bさんに聞くと、「ガン玉はコレコレで、ハリはコレ。ラインは○○で、落とし方は、こうだ。」と違うことを言う。
Cさんに聞くと、「ガン玉はコレコレで、ハリはコレ。ラインは○○で、落とし方は、こうだ。」とまた違うことを言う。
同じくDさんも。Eさんも。みんな違う。

ようは、みんなやり方が違うし、近くの仲間も少しずつ違う。
それなのにAさんのコトを聞いたり、Bさんのコトを聞いたりして定まらない。


イラスト結局のところ、醜い『耳年増(ミミドシマ)』になり、ちっとも上達できないで経験だけ他の人よりも多いという『ヘチ年増』になってしまうのだ。


釣り場に着き、いざ始めるとAさんのやり方やBさんのやり方が、アタマを横切り。アタリもなく釣れないでいると、CやDのいうこと挙げ句の果てには、E、F、G、Hと堂々巡りを始める。もうコレは滑稽でしかない。

よく仕事でも使う言葉だが、
「スペシャリストは、グローバルなことを考えられるようになるが、最初からグローバルなことを考えようとするヤツは、スペシャリストには成れないのだ。」と。一つも身に付かない。

自分の心をピュアにして、この人だと決めた人に師事すれば以外と簡単に上達するのだ。
例えば、A名人に師事していながら、山○名人のマネをして、「そういえば雑誌で田○名人は、米○名人は、こうだったな」なんていうのは、かなり哀しい。


〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜

Aさんのやり方が、見えてきて実戦できるようになると、Bさんの言うこともCさんの言うことも大分わかってくるに違いない。

『難しいという錯覚』が、いろんな意見のいいなりや奴隷になり、底の浅い上澄みだけの知識野郎になってしまうのだ。 釣果主義に走ったり、技術論者になったりするのだ。


イラスト
僕が大好きだった磯子の老名人は、いつも楽しそうだった。「釣れたら嬉しいし、釣れないと寂しい。」という釣り人としての当たり前のスタンスを持っていた。技術のことについて何も言わなかったし、釣果を誇ることもしなかった。

いつも言うことは、『今日も魚に遊んでもらいましょう。』と言って、淡々と釣り上げていらっしゃった。

僕は、コレが一番だと思っている。
『難しいという錯覚』に囚われて彷徨うよりは、当たり前のスタンスでいることが一番だ。

Aさんが好きならば、ずっとAさんにくっついてお勉強をさせてもらうことが一番だ。

別に師弟関係を結ぶ必要もないし(僕はこういうのが嫌い)、上下でもない。《いつも一緒に魚に遊んでもらう仲間》なのだから一緒に遊んでお勉強できれば一番良いに違いない。



横で釣り上げるのが一番のお礼なのだから。
イラスト


hitorigoto.gif

その17

ヘチ釣りの難しさ。 【 その2 】【 恵みを一つ 】

『カンバック!〜〜オヤジさん!』

 残念だが、この頃馬鹿な釣り師が多い。ハッキリ言って、脳みそと体と心のバランスが非常に悪いヤツらが多く出現してしまった。哀しいことだとつくづく思う。

先日、釣り仲間とこの事に関して語り合い、これは本当に哀しいことだと痛感してしまった。
馬鹿な釣り師が多く出現したお陰で、心ある釣り師達がどんどん居無くなる。困ったことだ。また、このお馬鹿さん達と来たら、自分らがどうもお馬鹿であると言う事すら分かっていないらしい。残念なことだ。バカに付ける薬は無いというが全くだと思う。

何故そんなにバカが増えたのだろうと考えてみた。
教えてくれる人が居無くなったことだ。僕も以前は立派なバカだった。そんなお馬鹿の代表のようなボケの僕が何故バカじゃなくなったかというと、



   それは『おじさん達のオカゲ。』
イラスト  バカがはびこる釣り場ほど醜いものはない。

[ゴミを捨てたままにするバカ。]
[仲間を多く呼んで宴会をするバカ。]という基本的なお馬鹿達。
マナーは良いけれど、釣り方が一応に醜いお馬鹿。
[おぉーい魚が逃げ行くぅ。]
[足音をたてながら釣り歩くバカ。]
[大きな声で話し込む馬鹿。]というちょっとお馬鹿じゃないけれど、
もう少し考えて欲しいお馬鹿達。

[仕掛けを変える時にヘチにいたままで替えるお馬鹿。]
[ストリンガーをブラブラ下げて音を立てるお馬鹿。]
[のぞき込むお馬鹿。]とお馬鹿は様々だ。

クラスは違ってくるけれど、
[上手くなって釣果を誇るお馬鹿。]
[つれた場所を言いふらすお馬鹿。]
[釣った魚をぶら下げながら歩くお馬鹿。]
[威張り散らすお馬鹿。]
[釣れる場所から動かないお馬鹿。]
こちんこちんに頭の固いお馬鹿達。

あぁ〜〜お馬鹿よ! お馬鹿。お前のことだよ!


〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜


こんなに沢山いる[お馬鹿達]を駆除するには、『おじさん達』にご登場願うしかないのだ。
と、思う。


確か以前は、バカを叱るオヤジがいたのだ。ちゃんと存在した。
[馬鹿駆除特効薬]は、オヤジ達だ。
最も最悪なお馬鹿だった僕を、叱り飛ばし蔑み、地に叩き付けたのは誰であろう『オヤジ達』だ。


偉大な『オヤジ達よ。カンバック!!!』
と叫ばずにおられないのは、僕だけではあるまい。

 「おいっ、覗いていていたら魚が逃げるぞ。邪魔だから、あっち行け。」
「今落としていてもつれないよ。練習しているの。」
「こらっ、仕掛けは持って返れよ。」
「チャラチャラ音立てて歩くなよ。逃げるんだよ。」

から

 「おいっ、今当たってたぞ。」
「おいっ、そんな柔な落とし方じゃ魚が馬鹿にしているぞ。」
「この風だとアソコの方が、ぶつけていて良いんじゃないか。」
「この潮のを読まないと、上手くならないよ。」
「この潮二枚だな。」
「これは、濁っているが釣れる濁りじゃないぞ。」

などなど。
イラスト  『釣り場のオヤジ達』は、輝いていた。

昔クソ生意気な僕もオヤジ達の前では、“シュン”としていた。
あのオヤジ達はどこへ行ったのだろうか。
心の底から哀しい事件が世の中を飛び回るオカゲで、心優しきオヤジ達は[お馬鹿達]に対して、口を開かなくなったのだろうか。確かに下手に口を挟むと刃物が飛んでくる時代だ。“良かれ”と思って注意したら“キレル”お馬鹿達の出現で、『偉大なオヤジ達』が居無くなったのだろうか。

僕も知り合った釣り人やネット上の釣り人に良かれと思って、忠告をするけれど・・全く理解を示さない輩が多くなっている。
まぁ〜僕の場合は、威厳も何もないからダメなんだろうけれど。それでも一応は言ってみるのだ。
   もしかしたら理解してくれるかもしれないから。
   誰だって、見込みのないヤツに言いやしないし。

そうそう僕は、以前オヤジ達から言われると嬉しかった。

何故なら、僕には見込みがあると勝手に思っていたからだ。誰も見込みがない者に、言いやしないよね。だから、『釣り場のオヤジ』から注意されると、逆にくっついてもっと教えてもらおうとちゃっかり会話をせがんだものだけど。



 ああ〜〜馬鹿がはびこる釣り場に、『オヤジ達カンバック。』イラスト


hitorigoto.gif

その16

ヘチ釣りの難しさ。 【 その1 】

この釣りの難しさっていろいろあるけれど、何よりも【その方向性】が僕にとっては、一番気になるところだ。僕は、ヘボなりに良い方向へ行ったと、この頃やっと思えるようになった。『何がよい方向だ』というと…誰が見ても良いことというのはご多分にもれずないのだけれど、この「ヘチ釣り」を永く愛していける方向へ行ってるとおもう。


それは「釣果主義」でもなく「技に溺れる」でもなく「講釈に固まる」こともなく「よそ見をする」わけでもない。自然と真摯にこの釣りと向かい合い、この釣りを愉しむ。事が出来るようになったと言うことだ。
イラスト 有名人は、その高名故に釣果に走り、立ち禁や人の入れない場所にわざわざ行ってやっと釣果上げ、それを誇ったり。釣果がともなわずに講釈に走ったり、技術論に終始する。といったような事が多い。
これは大体、釣り師が成長過程にあって誰でも陥ることなのだけれど。陥ったままの人も多い。


〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜〜〜・>゜))))彡〜〜〜


何を言いたいかというと、成長段階にあるヘチ師が安易な世界に行き釣果を得、その世界から脱出することの出来ないことが大きな問題だということを言いたいのだ。

僕もそうだったけれど、変なスタイルに陥ると抜け出るのに非常に時間がかかる。

例えば、「たまたま地底で待っていたら釣れた。」それはそれは嬉しいに決まっている。その人は、また地底狙いで黒鯛を待っている。それ以外の釣りをあまりしなくなるという変なスタイルに陥ってしまう。たかだか趣味だから良いじゃないかということもあるけれど、この釣りの深さや味わいの広さを考えると淋しいものが大いにある。

「たまたま地底で釣れた。」ことから結構離れづらくなる。良質な先輩や師匠、釣り仲間がいると修正してくれたりする。有り難いことだ。しかしまわりが「たまたま派」だったら、そのまま折角のヘチ釣りの面白さを知らずに時間を過ごしていくことになる。

僕の場合、いろいろと回り道をしたけれど、今では修正してくれる釣り仲間がいるので、有り難いことだと本当に思う。いろんなスタイルの方々がいて、それぞれがそれなりの方向へ個性として向かっている。しかし一緒に釣りをしたりする場合は、そのスタイルや姿勢を指摘してくれる。

どれが一番良い釣り方というのがあるわけでもない。けれど、「地底釣り」「待ち釣り」「変わった場所でのリスクの多い釣り」などを見たり聞いたりしていると『勿体ないな』と思うのだ。


たかだか趣味だから良いのだろうけれど・・『勿体ないな』と。


一度はまったら抜け出るのに時間がかかるから余計にそう思う。
イラスト


hitorigoto.gif

その15

釣り大会について〜

先日、某釣具メーカーから「釣り大会参加ごあんない」が届いた。今年は、何回も大会をやって本格的に決勝戦までやるらしい。昔、リョービというメーカーがあった時にやっていたような大会だ。

「出てやろうか!?」


と、思うけど・・・全てが仕事で忙しい平日ときた。当然出場するからには、決勝までいきたい。最低二日間は、会社を休むことになる。たかが趣味に対して、勤労の二日を与えなければならないのか。

「それって、どうよ??!」

と、考える。かなりこのメーカー強気なことをする。わざわざ渡船屋さんが、お休みの時に毎年大会を開く・・・。まぁ〜他の釣り師がいない分集中して釣りが出来るということなのだろう。僕も実際、二回出場している。

昔あった大会のようなことをしていくのだろうか。以前は、尊敬する米山会長を始め、山下正明さんなどのスターを排出したものだ。こういった大会が一つのフックとなり落とし込みブームになったような記憶がある。

山下氏の三連覇。米山さんの名人位。

僕も当時、憧れていた大会だ。あれから随分と月日が経ち、主催していたリョービは今は量販店だけでしか購入できないブランドになった。いろんな社会情勢があった。バブルが弾け、本格的にな平成大不況に陥り、慢性的な低迷が続いているこの頃だ。仕事をしても売上に直結しない、苦労の多いこの頃だ。



ぱっっと!花火を上げるように、ヘチ師が集まり大会にいそしむのも悪くない。いや、こういったことこそがとても大事なことなのかも。このヘチ釣りが好きで、オープンな場所で大会にでて一発花火を上げてみたい。と、考えるのは誰しも同じではなかろうか。だけど待てよ、それをかなえるには平日会社を休むまでしないとダメなのか。

これってメーカーの横暴???!!!

メーカー主催の釣り大会だから、どんなルールにしても、勝手で良いのだろうけれど・・。これって、考えさせられる。この大会に出てみたい。けれど、土曜日日曜日が休日の社会人にはちょっとキツイ話だ。木曜定休日の方にはさし支えないのだけれど・・・。確かに今まで平日定休日のヘチ師達には、日曜日にある釣り大会というのは出場できないので、今の僕のような不満があったのだろう。



大体にして、各メーカー協賛の大会が無いのがよくないのである。



某黒鯛研究会や某クラブ達が集って、大会をやってくれるのが良いのだけれど、そういったのは今のところどこもない。俺がオレがの世界だからしょうがないのかな。名人や腕自慢、上手な者達が外に出ないで一つところに固まっているのって、ヘタッピな僕にはつまらなく見える。

某東京湾黒鯛〜会が、各メーカーの協賛を得て毎年大会が出来たらいいのだけれど・・・。木更津の方の大きなクラブや五洋黒鯛○○会などのビッグクラブが参加していないのであれば、ちょっと・・見た目に弱いような感じも受ける。 しかしこの会が、『今年の東京湾の一番を決める』大会をお祭りのように開いたら楽しいだろうなぁ〜〜と思うのは、果たして僕だけだろうか。
熱きヘチ師達が、一年で一回の大きなお祭りに参加する。というのはとても愉しいことだと思う。

一つのメーカーだけに頼ることなく、バランス感覚の良いクラブが大会を毎年主催したらどんなに愉しいだろう。趣味だし、愉しいイベントだから面白いに違いないと、僕は思う。良心的なヘチ師達は、こぞって参加するに違いない。快く大会費用も捻出できるはず。
良く街の踊りイベントってあるけれど、みんな凄く真剣。そしてエンジョイしている。そんな大会があったらいいなと思うのだ。

難しい・・?!

ベイサイドマリーナ横テトラ
大ぴらにマナー違反ダメですよ!

hitorigoto.gif

その14

釣り雑誌の話から〜

僕は、釣り雑誌というのは滅多に購入しない。
だからよく分からないのだけれど・・・。

先日、釣友が僕の手作り竿の助けになればということで
本のコピーをわざわざ取って渡してくれた。感謝である。

この頃の釣り雑誌は、この様なハンドメイドのハウツウもやってくれているのか。
と、感心しきりでした。
細かく丁寧に解説してあり、
僕のような下手くそにもすぐに分かるように掲載されてありました。
これだったら不器用なりに、チャレンジしてみようと思う内容でした。


が・・・

良く見ると、掲載されている写真を見てびっくりした。
テトラで釣っているその場所は、もしかして立ち禁の場所。
有名な○イサイド○リーナ横のテトラじゃないですか。

ここって木材港と呼ばれていた頃は、良く釣りに云ったモノですが、
現在は、釣りに行きたくてもいけない禁断の場所。
誰もこの場所に行けないから、
テトラにはウヨウヨいるだろうなと思っていました。



まぁ〜ちゃんと了解と許可を得て
取材目的で釣っていると思うけど、
少しね。反則だよ! と思わざるを得ない場所だ。

ハッキリ言って反則です。(笑)

ベイサイドマリーナ横テトラ




いやぁ〜雑誌作りも大変だと思います。
格好良く釣れている写真がないと様にならないモノね。
分かるけれど、これって如何なモノでしょうか?
と、大手を振ってあの場所に入れない僕らからすると・・・
羨ましくてなりません。


ただでさえヘボな僕は、テトラに行っても釣れないのに・・・
上手い人が、いるところへ行って釣ったらつまらないじゃない。
と、思うのは僕だけじゃないはず。

いいよなぁ〜〜と指を咥えて見ているしかないのである。
取材とはいえ、特権っていいなぁ〜〜と思ってしまった。

ひがみ根性丸出しでもっと言ってしまうと、
なんで“あからさまに立ち禁”と分かっているところを選んだのだろうか?
と、思ってしまう。

なぜ、僕らのようなヘボ釣り師でも気軽にいけるようなところを選んでくれないのだろう。
なぜ、ワザと行けないと分かっている場所を選んで掲載するのだろう。

ついついひがみ根性が出てきてしまうのは・・・・
僕だけだろうか?

ベイサイドマリーナ横テトラ





そう考えていくと、黒研という名前も
ある釣り師達の中では、“立ち禁”と同意語というレッテルを貼られている。と耳にした。


※この様な場合、“黒研”とは東京湾黒鯛研究会を指す。(多分)
他にも黒研はあるけれど、東京湾黒鯛研究会を指すのだろう。哀しいけれど。



決して黒研の人間が、バリバリ立ち禁エリアに踏み込んで釣っているのではない。と、思う。
(だんだん弱気)
また、黒研の人間が、ガリガリとマンガン引いているのでない。と、思う。
(少し弱気)
ただただ、それだけ黒研の人間は注目されているのだ。これはしょうがないことだよね。


ワザとマナー悪くしているのではないから。
ちょっと目立ってしまう立場にあるだけだと、思う。
(ちょっと弱気)


でも、だから言いたいのです。

ジャーナリズム?の人も本に載ってしまう人も黒研の人も
メーカーのテスターもボートで大橋の下で釣る人も
ガソリンタンクの近くに行って釣る人も

目立つ立場にある人や雑誌・クラブはちょっと注意してほしいのですよ。
だだでさえ、目立つのだから〜。注意して、と。
面が割れているから注意してと。


僕もマンガン引きます。ガリガリと。
文句が出ないようなところへ行ってこっそりと、自分と仲間の分だけガリガリやります。
立ち禁にも行きますよ。しっかりと。
大体にしてほとんどが立ち禁でしょ。(苦笑)「オイオイそれ以上かいっ」ってところは行きませんよ。 看板背負ってるから。

スマートにいい子にしてても面白くないでしょ!とも言いたいし。

高校生のお兄さん達に、「大手を振ってモヤ噛むな」というのと同じで「おい、分かるだろ。」とか

セーラー服のお姉さんに、「あまりキレイじゃないパンツ見えているからそれ以上短くしたり、股広げんな」とか。
「折角スカート短くしてるんだから、下にジャージ履くなぁ〜」とか

「おい、分かるだろ。」と同じであります。


平気でやってたらそれ見たことかと、一斉にヤジが飛んでくるに違いない。
さぁ〜注意しましょうよ。  そろそろ。


hitorigoto.gif

その13

unagi_titol.jpg

僕の田舎のウナギ取り

こんな珍しい、ウナギの取り方もあったんですよ!

ウナギ釣りと人は言いますが、僕にとっては『ウナギ取り』なんです。ハリを使うから『釣り』かもしれません。

僕が育った田舎にある川には、かなりのウナギがいました。決して大きな川ではないし、海までもかなりの距離があるのにウナギは、沢山いたんです。それほど自然が豊かだったのでしょう。面白いように捕れましたから。unagi_shikake.jpg 『釣りキチ三平』が流行った時期に釣りの本を見たら、ウナギ釣りって普通の竿にエサを付けて釣る方法でした。
僕はビックリしてしまい、僕等のやってる釣り方って本当じゃないのか!と判った次第です。
それと僕が今住んでいる近くに流れる多摩川でのウナギ漁は、円い筒を川に落として置き、時間がたってから上げてみると、円い筒にウナギが入っているというような漁。
どちらも僕からするとアクティブではなく、面白味に欠けると思いました。
僕が幼い頃にウナギを捕ったやり方が一番楽しいのではないかと思います。

僕が幼い頃というか僕の育った田舎でのウナギの釣り方は、釣り竿なんて使いません。
変わりに棒は使いますが…。


<<仕掛けは、いたって簡単です。>>
・竿 :50cm足らずの細い竹
・糸 :畳み糸(もしくはそれぐらい強い糸)
・はり:手作りバリ
   (丸貝専用針7号位のモノで軸が倍以上のスレバリ)
・エサ:ミミズ
   (線ミミズ)
   ※本当の名前は知りません。
    体に数多くの横縞が入っています。

--釣り方--


流れのあるところで、岩や石が積んである土手や堰などがポイントです。そこがウナギが潜んでいそうな所。ウナギは、だいたい石などが積んである隙間の穴の奥にいます。

川の漁の場合は、必ず川下から攻めるというのがセオリー。
だいたい潜んでいそうなポイントを見つけたら川に入り、エサ付けた棒をゆっくりと穴に入れていく。そして棒だけを取り除き、ゆっくりと糸を引いてウナギが食い付くのを待ちます。



テクニックと言えるほどのモノもないですが、ゆっくりと引いていく時に微妙に段階を入れてクイックに引くことです。決して早くひいてはダメ!早く引いたら絶対にウナギは食ってきません!
この穴に入れて誘う方法をポイントと思われる所に手当たり次第にやってみるのです。

ウナギが食うと、畳み糸がゆっくりと引いていきます。魚のように早いわけもなく、ゆっくりと引いていくのです。
当然ですが、その時がアタリです!


ここからは、力仕事です!道糸の畳み糸の出番です!
ただただ思いっきり引くのです。思いっきり。返しがないので、いったん緩めると外れてしまいますからいったん引いたら穴から引き出すまでは、力を抜いてはいけません。
子供だと体ごと使って、引きます。足を穴の横に置いて踏ん張るわけです。
ウナギの力は大したモノで、畳み糸が手に食い込み大変でした。黒鯛もそうですが、力強い引きが何回かあったのち諦めて出てきます。(引きは、桁が違いますが…)

鰻捕りイラスト


そうこうして出てきたウナギは、腰に付けた魚籠に入れるのです。魚籠というのは今考えても本当に良くできています。一回入れるとウナギは絶対出てこられませんし、竹で編んでいるので呼吸もできると言うスグレモノ。
魚籠

何匹か捕ると持ち帰り、父親に渡す(何故か母は、ウナギを捌くことが出来ない)。面白いからといって沢山捕って帰ると、頭を叩かれた。昔人間の父は、その理由も言わない。多分食べきれないのに沢山捕るなと云う事だったのだろう。
親父は、釘をウナギの頭に差して手際よく捌いてくれる。これが僕の幼い頃の“土用の日”です。

--今ではこっちが貴重な外道釣り!--

“ガネ”と言ったり“ヤマタロウガニ”と言ったりしていました。正式名称は、モクズガニと言うそうです。この“ガネ”が結構大きいのです。甲良の大きさが10cmは、あったと思います。これを沢山捕って、食べるのも美味しい漁でありました。
と言うのも、この“ガネ”と言ったり“ヤマタロウガニ”は、有名な【上海ガニ】の仲間。美味しいはずです。
hair.jpg



モクズガニ
ただウナギ取りからすると、外道であることは変わりありません。というのは、“ガネ”がかかると面白くない。

“ガネ”は、穴に入れたミミズをつつきます。ココでウナギと全然違うアタリ方をします。ココッコッとした後引くのですが、ウナギと違うので全然軽い。それにハサミで挟んでいるだけだから強く引くとすぐはなしてしまう…。
ゆっくりと引いてきて、片方の手を穴の上で待ち伏せしておきます。(ガネは人間だと判ると挟んでいるエサを離しすぐに穴に戻るから)
甲良10cm大のカニは、気を付けないとハサミで挟まれたものなら飛び上がるぐらい痛いです。気を付けて上の甲良の部分を手にとって魚籠に入れます。

unagi_gane.jpg

--食べ方--

断然みそ汁が一番旨いです。ぶつ切りにしてミソで味を付けて食べる。これが一番!
海の蟹のように食べるのも良いですが、そんなに身が付いていないので食べ応えがあまりありません。
また、手の部分に毛が沢山生えているので、食べにくい。(アメリカでは、手袋ガニというらしい)


幼い頃、敬遠していた“ガネ”も今では、貴重な生物らしいです。
確かにウナギは沢山見かけるけど…川で生息するかになんて、沢ガニぐらいであまり聞かない。

そう言えば、幼い頃、沢にたくさんいた川エビがいなくなった。(見かけなくなった)
メダカも絶滅の危機にあるらしい・・・・。
フナ釣りなんかしていると、良くエサを泥棒していく亀もそんなに見かけなくなったという。

エビのイラスト
いつものようにあったのどかな風景がどんどん遠くなって、貴重な風景になっていく。


hitorigoto.gif

その12

tedukami_titol.gif
僕の懐かしい、思い出。

井上揚水の『少年時代』を聴くと必ず思い出すのが、「川での遊びです」。 僕が育った田舎には、名もない小さな川が流れておりまして“遊び”と言えば川か山、たまに海といった感じでした。
フナの写真
メインで遊ぶのは、この“川”です。
それも夏の暑い季節になると、川には入って泳ぎと一緒に川魚を捕って遊ぶ。

僕の生まれ育った鹿児島の河川は、野田智祐さんが結構本とかで紹介していますが、沢山の川遊びがありました。その中でも一番楽しいのが、【川魚の手掴み】です。

関東の川に入って思ったのは、水が冷たいと言う事でした。これにはビックリで、よくテレビとかで川遊びしている風景を流していましたが、こんなに冷たくてよく遊べるなぁ〜と感心しました。
川の下流から上流に向かって沢登り的なことをしながら、フナやモロコ(鹿児島弁でモッゴロ)、アブラハヤ(鹿児島弁:ブラメッチョン)、アカヒラ(東京弁で何というか知りません)、ゴモンチャン(同じく)たまには鯉等を手づかみにしながら登っていくのです。

出で立ちは、“トトロ”に出てきた田舎少年そのままです。違うのは腰に網をぶら下げていること、これは捕まえた魚を即座に入れるため。 いたってこのスタイルは、“小物用”です。それは当然子供の手でも捕まえられるサイズの魚だから…笑。
少年のイラスト
下流の方から少しずつ登っていくのですが、登っていく際に川の土手や石の下に手を入れて、潜んでいる魚を手掴みにするのです。
川岸に生えている草や竹藪にの根が、川の中で浸っている所が、一番の魚の隠れ家です。
そぉ〜と両手を水の下から入れて、潜んでいると思われるところまで手を伸ばします。その時魚は、必ず流れに対して頭を向けていますから、頭の方から微妙に先に手を入れていく。魚は、当然後ろ向きには進めないので、前に行くしかない。先に入れた流れの早い方の手を待ちにして、尻尾の方の手を動かしていきます。
だいたい寝ているか潜んでいる魚は、動きません。そのまま簡単に捕まえることが出来ます。(笑)

・コツは、簡単です。 頭の方を先に口の部分を握るように持って行き、その後すぐに尻尾の部分を握ります。
魚って、頭と尻尾を握られたらどうしても動くことが出来ません。そのまま腰の網のところまで持っていって入れるだけです。
大型の魚になると子供では、持ちきれないのでエラの下の部分に指を入れてつかみます。
こういう掴み方をするともう魚はどうすることも出来ず、網にはいるだけです。

・石の下に隠れている魚も同様にして捕まえます。
大きな石だと凄く奥まで手を伸ばさなくてはいけないので、僕には大変でした。
小さな石は、コロッと転がしてみると小さな魚がビックリして少し躊躇したような感じがあります。その時を狙って捕まえます。





オシドリ

僕の育った川には、番いのオシドリが(おしどり夫婦)いました。本当に綺麗な鳥で、ビックリさせないように眺めていました。鳥の仲間もいろいろ豊富に生息していました。サギやカケスの仲間、四十ガラやモズの仲間達など。
今考えるとかなり自然に恵まれた環境で育ちました。



さて、川魚の掴み取りで注意しなければならないのは、何と言っても蛇です。それもマムシ。アオダイショウや普通の蛇は怖くないですが、マムシだけは怖くてしょうがなかったです。こいつに咬まれると指は落とさなきゃいけない…(いつもオヤジにそう言われていました)。足を咬まれたら、足を落とす…。恐怖で一杯です。

一度川に潜って水面に出てきたら、目の前をマムシが泳いでいて、ビックリして(お互い)急いでもう一度川の底に潜ったのを覚えています。

魚を捕るイラスト

だいたいの所で、魚が一杯になると家に持ち帰り、後は母にバトンタッチ。捕れた魚を、料理してくれました。
親父が好きで僕が嫌いだったのが、「煮魚」でした。
川魚を煮ると海の魚と違いだいたい白身で、柔らかく歯ごたえが無い。おまけに小骨が多い…。少年時代の僕はこれが苦手で、イヤでした。一番好きな物は、やはり揚げてフライにしてもらうこと。(今は、随分とオヤジになったので煮魚の方がいいかな…笑)




こんな素敵な話は、僕が東京に出てきた頃までのお話です。
今から二十年も前の話。

残念なことに今では、そのようなことは出来ないそうです。
上流にある養鶏場から流れてくる汚泥や科学物質で川は汚染され、もう川エビも川ガニ(鹿児島弁でガネ)も本当に見かけることが少なくなったようです。
淋しい限りです。出来る時(工事の噂)にあんなに反対運動したのに(子供達で)…
結局行政というモノは、【袖の下】や【利 権】と言ったものに負けてしまったのでしょう。
大人というモノは、いつでも嘘つきだった。いま大人になった自分が強くそう思う。
いつの時代でも同じ。
上流にある養鶏場と言えば、東京(都市)アタリでは【自然豊かな陽の下で育ちはぐくまれた鶏肉や卵】といったフレーズで売られています。
知らないのは一般ピープルだけ…。


●こんな事数えればきりがない…。日本全国同じような事例で一杯の筈だ。
僕等は、そんな中で暮らしている。(改めて問題視するのもおかしいぐらいだ!)

●何年か前に帰郷した時、懐かしくて川に行き「手掴み」で魚を捕っていると、子供達がやってきて「おじちゃん凄いよ!」と拍手喝采だった。僕も得意満面で、「こうやってやるんだよ」と教えると…、
子供達が云う事には、「親に川には行って遊ぶな」と言われているらしい…。急に興ざめしてしまい…。
『川遊びぐらい良いじゃねぇかよ!』と腹立たしく思ったけれど、どこかで“そうかもしれない”とも思った。
たった二十数年でこんなに変わるのだろうか?・・・

そうかもしれない。人は、
つい六十年前は、『天皇万歳!』と言って公然と若者が死に。
その六十年数前は、『親の敵!』と言って公然と若者が死んでいった。
今の僕たちは、『何!』に対して、命を捨てるのだろう?

・・・・・たった二十数年で変わるのもしょうがないのかも


●だから言いたい、戦争を体験したおじいさんやおばあさんのように、僕等は知らないけど、そうだったに違いない話として、「凄くキレイだったんですよ!川って!」

次は、ウナギ取りとガネ(川ガニ)取りのお話でもしよう。


その11

家族対策

家族対策は、釣り師にとって極めて大切なことだ。


僕の場合付き合い最初から「つり・ツリ・釣り」でした。
出会って一目でかみさんにしようと決めたので、ツリのことを分かってもらえるように努力をいたしました。
はっきり言うと“釣りのことを刷り込む”のが目的でした。
まぁ〜若くて貧乏だったせいもありまして、気軽な「釣り」が僕等にはとってもあっておりました。
どこに行こうか?「釣りに行こう!」
といった単純さで少しずつかみさんに刷り込んでいった次第です。


しばらくして子供が出来た時も、休日は「釣り」。かみさんは、娘を出産して子育てで忙しい日々が続きました。しかし僕は、休日に「釣り」。「釣り」。「釣り」。
--
子供が少し大きくなり始めたら、家族で釣りに行きましょう!
釣りの嫌いな相方でも「海って良いよね」って言葉を使ってみて下さい。自然と気持ちがほぐれます。


子供には、「釣りってイイな。海ってイイな。」を幼い頃から刷り込んでいくことが大切です!
我が家の場合は、これほどまでに完璧か!と思われるほど、愛娘は釣りが好きです。
(単に親に似ただけでしょうが…)
そして釣りのイベントや何か催し物があると家族で出かけて行き“歓びを共有”しています。
この様な細かな段取りが、大切だと思います。

日々「心底、釣りが好きでしょうがない」んだ!と
言うような姿勢でおりますとかみさんの方も理解を示してくれます。
何故かと申しますと、

「このダンナは、釣りが好きで、他のオンナなんか目もくれない」

「浮気なんて、釣りをやらしていれば絶対しない」


と思ってくれるからです。
昔から“愛は盲目”と言われますが、
これはほとんど女性に当てはまる言葉だと思います。

sora1.jpg

長い時間をかけて“刷り込み作業”をしていくとに釣り師にとって、
“これじょうにないありがたい存在”にかみさんはなってくれるので
皆さんもチャレンジしてみてはいかがでしょう。


しかし以上のようなことが効き目が無くなることがあります。

その時は、日中釣りにも行かずに「つまらなそうにしましょう」「なんかブルー(古い!)なんだよね」みたいな。 “ため息”だらけのつまらないなぁ〜〜を演出。じっくりと家族にボディブローをかましていきます。
これって凄い効果があります。

ただし、やりすぎると逆効果になりますので潮を読むのと同じで、
見極めを間違わないようにして下さい。

tubu3ko.jpg

最後に最も僕が大切と思われるものがあります。それは、
『会や倶楽部・催しもの、仲間付き合いのせいにしない』ことです。
あくまでも「僕は、純粋に釣りが好きだから行きたいんだ!」
を貫くことが重要と思われます。

他のせいにすると、途端にオンナというものは“自分と言う存在と秤にかける”事を始めます。
「わたしより、○○さんの方が大事なの!」「○○倶楽部の方が、家族より大事って言うわけ!!」
って言った具合に…
これは、後々まで何十年たっても“のろい”のようにしつこく覚えておりますので、大変注意してください。とっても怖いことですので…。




Top